人工知能
将来予測モデリングがAIベースの薬剤発見に明るい未来を示す
化学相互作用の予測
初期の創薬では、新しい化合物を試したり、自然界や伝統医療から活性物質を探したりしていました。現在では、体内の標的タンパク質を選び、それに結合する分子(リガンド)を探索する方法も重要です。
適切なリガンドの探索には多くの試行錯誤が伴います。計算能力の向上により、タンパク質の立体構造や分子間相互作用の計算が進歩しました。ただし、構造予測は細胞内の挙動を原子レベルで完全に再現することとは異なります。
深層学習は既知のデータから構造の特徴を学び、候補を絞り込む助けになります。予測結果には実験による検証が必要です。
その例がAlphaFoldです。開発したDeepMindはAlphabet(GOOG )傘下の企業です。2024年5月にAlphaFold 3が公表されたことを受け、前世代のAlphaFold 2で予測した構造が、実際のリガンド探索にどこまで役立つかを見てみましょう。
AlphaFoldはどのように機能するか?
AlphaFoldは実験で得られたタンパク質構造などのデータを学習し、アミノ酸配列から立体構造を予測します。単に既知の構造を検索するのではなく、配列間の関係や構造上の制約を利用します。
これは重要な情報です。なぜならタンパク質は細胞を機能させる「機械」そのものだからです。その機能は配列(ゲノムから分かる)だけでなく、タンパク質が自己折りたたみした後の3次元構造にも依存します。

ソース: News Medical
磁気共鳴やX線結晶構造解析といった技術でこの3D構造を求めることは可能ですが、非常に高価で時間がかかります。また、これらの手法で構造が分からないタンパク質も存在します。
さらに、タンパク質が他の化学物質と相互作用する方式は、ほとんどの潜在的医薬品が有効になるかどうかの鍵です。これにより問題はさらに複雑になります。
生物には非常に多様なタンパク質が存在します。予測モデルは、すべてを実験で決定することが難しいという課題に役立ちます。ただし、タンパク質の種類数は配列や変異体などの数え方によって異なります。
AlphaFold 2のバックテスト
研究者は論文「AlphaFold2 structures guide prospective ligand discovery」で、AlphaFold 2の構造モデルを用いた新規リガンド探索を検証しました。
この研究には、カリフォルニア大学、ノースカロライナ大学、スタンフォード大学、ハーバード大学医学大学院、ウクライナのChemspaceなどの研究者が参加しました。
対象はσ2受容体と5-HT2A受容体です。両者は神経精神疾患などの研究に関係しています。研究では、予測構造と実験構造を使った探索を比較しました。関連タンパク質の配列情報も利用されるため、何の予備知識もない状態から推論したという意味ではありません。
レトロスペクティブ・スタディ
まず、既知のリガンドを識別できるかという後ろ向き評価では、予測構造が有効な場合もあれば、実験構造に劣る場合もありました。
こうした評価のばらつきから、AlphaFold 2が創薬にどれほど役立つのかについて議論がありました。
そこで研究者は、まだ知られていないリガンドを実際に発見できるかを前向きに検証しました。
プロスペクティブ・スタディ
研究者はAlphaFold 2が予測した受容体構造と実験構造を用意し、別の分子ドッキングソフトウェアDOCK3.8で化合物を評価しました。σ2では約4億9,000万、5-HT2Aでは16億以上の分子を探索しました。
計算で評価の高かった化合物を選び、合成と実験試験に進めました。AlphaFold 2単独が薬の効果を判定したわけではありません。
その後、候補が実際に受容体に結合するか、必要に応じて活性を変化させるかを測定しました。
実験で選抜候補を試験した際のヒット率は、σ2で約50%、5-HT2Aで約20%でした。これは試験した候補群についての結果であり、探索した全分子や承認薬になる割合ではありません。
膨大な候補の中から実験に進める分子を絞り込めたことは、構造予測を利用する意義を示しています。
この方法は、数百万以上の候補を含む化学データベースの探索を支援し、初期探索の効率を改善する可能性があります。臨床開発全体の費用削減が保証されたわけではありません。
既存の承認薬に新しい作用が見つかる場合、既知の安全性情報を利用できる可能性があります。それでも新しい用途や用量には追加の有効性・安全性評価が必要です。
σ2では、AlphaFold 2モデルを使って選んだ試験化合物のヒット率が54%、実験構造を使った群が51%でした。これは結合の検出率であり、受容体をすべて活性化したという意味ではありません。
後ろ向き評価だけでは見えない有用性が、前向き探索で示されました。ただし、結果をすべての標的タンパク質に一般化することはできません。
AIの医療参入
薬剤探索
医療分野におけるAIの主要な応用先の一つが創薬です。新薬開発には長い期間と多額の費用が必要で、推計によっては10億ドル以上に達します。推計額は研究方法や失敗した開発の扱いによって変わります。
AlphaFoldはその一例です。AIは安全性の評価や製造方法の検討にも応用されています。公開されたツールもあり、遺伝子編集については記事「OpenCRISPR-1によって可能になったAIを用いた遺伝子編集」で取り上げました。
人以外の生物のタンパク質も探索対象になります。新しい抗菌薬の候補探索については「医療現場で増えるMRSA――AIは対抗する手段をもたらしたのか」をご覧ください。
AI診断と患者管理
AIは放射線画像などを分析し、がんの検出を支援するためにも研究・利用されています。耳の感染症の画像評価で良好な結果が報告された例については「AIが重要な医療診断支援ツールになる可能性」で紹介しました。特定の試験結果が、あらゆる診療状況で医師を上回ることを意味するわけではありません。
外傷後のトラネキサム酸(TXA)投与を支援するモデルについては「機械学習による救急医療プロトコルの改善」で扱いました。実際の投与は臨床評価と医療従事者の判断に基づきます。
大規模言語モデル(LLM)も診断支援に活用できる可能性があります。しかし、誤った回答や見落としがあり得るため、自律的な診断の代替として扱うことはできません。
AIデータ管理
従来の診療情報には、画像検査、血液検査、医師の診療記録などが含まれていました。
今後は食事や運動などの生活情報、睡眠・心拍・血圧・血糖値を測るウェアラブル機器のデータ、ゲノム情報なども統合の対象になります。
AIは診療記録の下書きや、複数のソフトウェア・情報源を整理する作業も支援できます。内容の確認と個人情報の保護は不可欠です。
必要な情報を見つけて治療成績の改善につなげるには、データを適切に統合・分析することが重要になります。
集団規模のデータでも、疾患と生活習慣や化学物質との関連を調べ、公衆衛生の改善につなげることが期待されます。観察された関連だけで因果関係が証明されるわけではありません。
ロボティクス
手術支援ロボットは、精密な操作や術者の作業負担軽減を目的に利用が広がっています。効果や適応は手術の種類とシステムによって異なります。

ソース: Grand View Research
遠隔地の医師が操作する手術も研究・実施されていますが、通信の信頼性や医療体制などの条件が必要です。関連企業については「ロボット手術関連株5選」で取り上げました。
先進的インプラント
医療技術のもう一つの発展分野は、人工インプラントや身体機能を補助する装置です。
外骨格・外骨格スーツの例については「ロボット技術による自立と移動――パーキンソン病患者を助ける外骨格スーツ」をご覧ください。
さらに、イーロン・マスク氏のNeuralinkのような脳と機械をつなぐインターフェースも研究されています。脳信号を利用してコンピューターや義肢を操作することが目標の一つです。
脳インプラント、外骨格、義肢などについては「人体機能の拡張――アンスロボット、有機トランジスタ、脳インプラントなど」で紹介しました。
AI薬剤探索企業
(以下の企業もNVIDIA(NVDA )のハードウェアなどを利用しますが、ここではAI全般の企業ではなく、創薬に主軸を置く企業を扱います。Googleのような幅広い技術企業とは区別しています。)
1. Schrödinger, Inc.
SDGR 価格チャート
同社は物理に基づく計算モデルを利用し、効力、溶解性、半減期、合成のしやすさなど、相反することもある条件を考慮して分子を探索しています。
機械学習に物理モデルを組み合わせ、学習用データが乏しい分野への応用も目指しています。同社は(SDGR )、10億規模の候補を数日で少数に絞り込む事例を紹介しています。ただし、計算で選ばれた候補には実験による検証が必要です。

ソース: Schrodinger
Schrödingerは2020年、Bayerと5年間の協業を発表しました。契約では約1,000万ユーロを受け取る見込みと発表されました。両社はSchrödingerの技術とBayerの計算による予測モデルを組み合わせることを目指しました。
また、2022年にLillyとの提携を発表し、条件達成に応じたマイルストーン支払いの可能性を示しました。最大4億2,500万ドルという金額は、無条件に受け取れる収益ではありません。
提携先には武田薬品、Sanofi (SNW.DE ) (SNY )、Bristol Myers Squibbなどの製薬企業が含まれます。
同社は提携プログラムに加え、自社が権利を持つ分子の開発も進めています。各候補の段階は自社パイプラインなどで確認できます。候補数や臨床段階は時点によって変わり、開発成功を保証するものではありません。

ソース: Schrodinger
同社には売上がありますが、研究開発と事業拡大の支出により赤字が続いていました。現金残高は重要な判断材料ですが、将来の支出や資金調達リスクも検討する必要があります。
創薬以外にも、複雑なバイオ医薬品や、化学品、電池、ポリマーなどの材料分野への応用を目指しています。

ソース: Schrodinger
新規提携、技術の実験的な検証、臨床開発の進展、新市場への展開は投資判断の材料になります。提携の発表自体が商業化や利益を保証するわけではありません。
2. Exscientia
同社はAIを活用して精密医療のための治療薬を開発しています。創薬の各段階で使うソフトウェアを備えた一連の技術基盤を構築していました。

ソース: Exscientia
既存の分子だけを調べるのではなく、ExscientiaのPrecision Design AIは、Precision Target AIで選んだ標的に合わせた分子の設計を目指しています。
同社は、標的の選定から候補薬の発見までの時間を70%、必要な資本を80%削減できると説明していました。これは同社の特定の比較に基づく数値で、すべての開発で同じ成果が得られるという意味ではありません。
時間と費用を抑える要素の一つとして、同社は「実験サイクル全体にわたる包括的なロボット自動化」を挙げています。
記事執筆時点では、がんや炎症性疾患を中心に初期臨床段階の候補を開発していました。商業化前のマイルストーン総額40億ドルという数字は条件付きの潜在額で、確定した収益ではありません。

ソース: Exscientia
同社の収益基盤はまだ発展途上でした。現金残高があっても、研究開発費、試験結果、提携条件などによって資金需要は変わります。
ExscientiaはAI創薬と精密医療を組み合わせることを目指しています。Merck、Sanofi、Bristol Myers Squibbなどとの提携は関心を示しますが、技術や候補薬の成功を確約するものではありません。











